海外に行くたびに、こんなモヤモヤを感じたことはないでしょうか。
「現金をどれだけ両替すればいいか毎回悩む」
「カードは使えるけれど、手数料やレートがよくわからない」
ベトナムと中国のあいだでは、こうしたストレスをかなり減らしてくれそうな仕組みが、いよいよ動き始めました。
2025年12月、ベトナムの決済インフラを担うNAPAS(ベトナム国家決済会社)が、UnionPay International(UPI)、中国工商銀行(ICBC)、ベトコムバンク(Vietcombank)と連携し、ベトナムと中国のあいだでQRコードによる双方向の小口決済(リテール決済)を本格的にスタートさせました。
読者目線で言い換えると、
「中国の人は、自分の銀行アプリでベトナムのお店のQRをそのままスキャン」
「少し後には、ベトナムの人が、自分の銀行アプリで中国のお店のQRをそのままスキャン」
という世界が現実に近づいている、という話です。
今回のキープレイヤー:NAPAS・UnionPay・ICBC・Vietcombank
まずは、関わっているプレーヤーを整理しておきます。
- NAPAS:ベトナム国内の小口決済インフラ(ATM・カード・QRなど)を担うスキーム事業者
- UnionPay International(UPI):中国系国際カードブランドの決済ネットワーク
- ICBC:Industrial and Commercial Bank of China、中国工商銀行
- Vietcombank:ベトナムの大手商業銀行
この4者が連携し、ベトナムと中国のQR決済インフラを「橋」でつないだのが今回のプロジェクトです。
背景には、2024年10月に中国の李強首相がベトナムを公式訪問した際、両国首相の立ち会いでUPIとNAPASがQRコードによる越境決済の協力覚書(MoU)を締結したことがあります。その後、UPI・NAPAS・ICBC・Vietcombankの4者協定へと発展し、技術接続とテストを経て、2025年末にサービス提供できるレベルまでこぎつけました。
第1フェーズ:まずは中国からベトナムへの「インバウンド決済」
現時点で動き始めているのは、中国側から見たインバウンド決済(Vietnam inbound)です。
具体的には、
- 中国からベトナムに来た旅行者が
- 自分の中国の銀行アプリやUnionPay系アプリ、連携ウォレットを使い
- ベトナムの店舗に掲示された「VIETQRGlobal」のQRコードをスキャンして支払う
という流れになります。
利用できる場所も、決して一部の実験店舗だけではありません。記事や関係者の発表によると、すでに以下のようなチェーンが対応を進めています。
- Central Retail Vietnam 傘下の大型スーパー
- Highlands Coffee のカフェチェーン
- Sun World 系列のテーマパーク・観光施設
- 主要な商業施設、観光地、レストラン、小売店 など
旅行者の感覚で言えば、
「とりあえず街なかでよく見かけるお店は、かなりの確率でQRで払えるようになってきた」
そんなイメージに近づいている段階です。
第2フェーズ:2026年以降、ベトナムから中国への「アウトバウンド決済」へ
一方で、多くのベトナム人ユーザーが楽しみにしているのがVietnam outbound、つまりベトナムから中国へ行った人の支払いです。
- 2026年初頭〜第1四半期を目標に、
- NAPASとUPIが「逆方向」の接続を完了させる計画で、
- 完了すると、ベトナムの銀行アプリ(NAPAS加盟行のアプリ)で中国のUnionPay加盟店QRをスキャンして支払えるようになります。
「中国出張のたびに現金を多めに持っていく必要がある」
「カード払いだと、レートや手数料が地味に気になる」
という声は、ベトナム企業のビジネスパーソンからもよく聞かれます。
自分の馴染みの銀行アプリだけで完結するなら、心理的ハードルはかなり低くなりそうです。
仕組みのポイント:VIETQRGlobalとローカル通貨の決済
技術的な枠組みはシンプルですが、ポイントは3つあります。
- 共通ブランド「VIETQRGlobal」
ベトナム国内のQR決済規格「VIETQR」を拡張し、越境決済用のブランドとして「VIETQRGlobal」を設定。
これを見れば、「ここは中国からのQRでも払える店だ」と中国人旅行者がすぐに分かります。 - NAPASとUPIが“裏側”を処理
表面的には「QRをスキャンして支払う」だけですが、裏側ではNAPASとUPIが接続し、- 認証
- 金額の換算
- 決済の清算
などを処理しています。
- ローカル通貨ベースの決済
UnionPay側の説明によると、このプロジェクトは現地通貨決済(ローカルカレンシー)を活用する仕組みになっており、人民元の国際化(RMBの利用拡大)にも寄与する構造になっています。
利用者視点では、
「中国の人は人民元、中国以外の店舗はベトナムドン」
といった形で、いつもの通貨の感覚で使えるように調整されている、というイメージです。
ユーザーのメリット:両替のストレスと“現金リスク”を減らす
この仕組みで、旅行者や出張者はどんなメリットを受けるのでしょうか。
まず何より大きいのは、
「現金を大量に持ち歩かなくてよくなる」こと。
- 空港や街中で両替所を探す手間が減る
- 余った現地通貨を日本円などに戻すロスが減る
- 細かい買い物でもカードの暗証番号を何度も入力しなくて済む
という体験は、想像するだけでもかなり気がラクになります。
「ちょっとコンビニで水を買うだけなのに、毎回カードを出すのは面倒」
「スリや盗難を考えると、現金を厚めに持ち歩くのは不安」
そんな気持ちに、かなり寄りそった仕組みだと言えます。
店舗側のメリット:中国人客を取りこぼさない“受け皿”に
ベトナムの店舗側にとっても、メリットは小さくありません。
- 中国人観光客は、もともとモバイル決済への慣れが非常に高い
- UnionPayや中国の銀行アプリだけで支払えるなら、衝動買いも含めて消費がしやすくなる
- 中小の店舗でもQRを印刷して掲示するだけで参加できる
実際、Central Retail、Highlands Coffee、Sun Worldといった大手に加え、観光地の小さな店舗にも広がれば、「どこに入ってもとりあえずQRで払える」という安心感が生まれます。
地方の観光地やローカルな飲食店にとっては、
「中国人観光客を逃さないための最低ライン」
として、QR受け入れの重要性がさらに高まっていくでしょう。
ベトナムの決済インフラにとっても“試金石”
このQR接続は、単なる1プロジェクトではありません。
ベトナムにとっては、自国のデジタル決済インフラの実力試験でもあります。
ベトナムはすでに、タイ・ラオス・カンボジアなど近隣国とQR決済の越境接続を進めており、「ASEAN域内QRネットワーク」の一角を担い始めています。
今回の中国との接続は、
- 利用者数
- 技術要件
- セキュリティ標準
すべての面で、これまでより規模もハードルも高い相手です。
それにもかかわらず、
- NAPASが国内インフラを標準化し
- 銀行や決済事業者と連携して
- 国際的なセキュリティ基準にも対応した
という事実は、「ベトナムの決済システムは、すでに国際レベルで通用する段階に来ている」と見る専門家も多いポイントです。
“cashless旅行”が当たり前になるまでの注意点
とはいえ、読者として気になるのは、
「じゃあ、いつから・どこで・どのアプリで使えるの?」
という実務的なところだと思います。
ここは少し冷静に整理しておく必要があります。
- 利用できるのは対応アプリ・対応銀行のみ
すべての銀行・すべてのウォレットが一斉に対応しているわけではありません。
中国側・ベトナム側ともに、対応する銀行やアプリは段階的に増えていく想定です。 - 2025年時点で動いているのは「中国→ベトナム」のみ
ベトナム人が中国で自国アプリを使えるようになるのは、2026年初頭〜第1四半期の予定です。スケジュールは今後の調整で前後する可能性もあります。 - 高額決済やBtoBには別ルールがある可能性
これは一般論ですが、越境決済にはAML(マネーロンダリング対策)や外為規制が絡みます。日常の小口支払いには向いていても、高額決済や企業間取引には別のスキームが必要になるケースも多い点は押さえておきたいところです。
実際に利用する際は、
「自分が使っている銀行アプリが、いつ・どの国で・どの程度まで対応しているか」
を、各銀行や決済サービスの案内で確認しておくのが安心です。
まとめ:越境QRは“ニッチなニュース”ではなく、日常のストレスを減らすインフラの話
越境QR決済というと、少し専門的に聞こえるかもしれません。
しかし、視点を「旅行者の心理」に寄せて考えると、
「両替の心配を減らし、現金の不安を減らし、支払いのレートや手数料のイライラを減らす」
ための、とても生活に近い話でもあります。
- ベトナムに来る中国人旅行者は年間数百万人規模に達し、今も増え続けています。
- 彼らが自国のアプリだけでスムーズに支払える環境は、観光業と小売業にとっても大きな武器になります。
- そして2026年以降、ベトナム人側にも同じメリットが広がっていく見込みです。
「決済がシームレスになることは、人とモノの流れを加速させる」
ベトナムと中国のQR接続は、その典型例になっていきそうです。
出典:Nhadautu.vn
